pesanteurの日記

simone weil に私淑し数十年。暗い夜は乗り越える他に、寝過ごすという手もあることに気づきました。

リバランス!?

技術士ひよっこ(54歳)として、ちょこちょこと技術士会の下部組織として運営されているいくつかの委員会に顔を出すようになりました。

昨日は、防災関連。今日は技術士の各部門横断組織の集まり。

一昨日は個人的興味がある技能検定対策の説明会(超フレンドリー!)、実は主催者のご尊顔を久しぶりに拝したくというのが本音。すいませんO久保さん。

自分には滅多にいない尊敬する人で、引き寄せる魅力がある。

 

来週月曜日は、勤め先本社部門の今年度キックオフ。水曜日はみかか系関係技術士会の総会、講演。

自分が住んでいる神奈川県の地区部会も顔を出しておきたい。

 

その前に今度の日曜日はコンサートだった。

 

急に忙しくなりました。

 

体力が削られるのを骨身にしみて感じます。

こういうのを人生の方向転換って言うんだな。

 

 

GW中の集まりで、自分が大切にしている価値観は何かをグループワークで見つけるという面白い体験をしました。

その中でわかったこと。

私は、

・今は永遠に続かない。諸行無常!?

・明日は自分以外の物事で思わぬ方向に行くこともある

・一箇所に安定、静止していると不安になる

・常に自分の能力を拡大する何かがほしい

・ハードルを自分で置いていかに超えて行くかに全力を注ぐのが好き

・富士山やエベレストのようなデカい目標を達成しても、次の目標は何だろうと気になりうろうろする

みたいな人間のようです。

 

それにしても体力が足りません。

ジムに行け!かな。行かないけれど。

 

限られた自分のリソースをどこに振り向けるか。

これが今の自分の一番の関心事です。

 

(続く?)

 

 

バイクで無心に走る悦び。

みどりの日

 

どこへ出かけるでもなくほぼ一日、バイクに乗っていました。

横浜から第三京浜を使って都内まで。頭のなかにある適当な地図と道路標識?(青い行き先案内)を頼りに、三宅坂に出て皇居周りを少し走り、日本橋経由で神田駅まで。

 

お手洗いに行きたかったので、まずは小用を済ませて。

駅そばにある小諸そばでかけ蕎麦を食べて、さて帰るかと帰路へ。

帰りは一般道でと思いましたが、環八に出たところで方向変換。帰りも第三京浜で横浜に帰りました。

 

費用は、第三京浜の通行料金往復、かけ蕎麦、ガソリン代で1500円くらい!?

 

250ccのマルチ、4気筒はいまや絶滅危惧種。12000-14000回転まで回して爆発的なパワーを引き出してあやつる自動二輪は、大排気量車をぶん回す面白みとは違います。

高速道路では非力だが、一般道での取り回しは面白い。一般道だけでいうなら最強は400ccが一番。しかしバイクの力を引き出しつくすほど、400ccは甘くない。ちょうどいいのは250ccだろう。

 

バイクの季節、免許のない人は免許を、免許がある人はバイクに乗ろう。

 

世界観がかわります。

 

1日、2時間でも3時間でもひたすら運転に集中したらわかる。

無心に走ること、それはすべてを今の運転に集中すること。走り終えたら汗ぐっしょりだろう。それが気持ちいい。一つ事に集中できる時間を持てることは何者にも代えがたい経験になる。

 

おすすめします。

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恵比寿ガーデンプレイスで蹴つまずいて

久しぶりに恵比寿ガーデンプレイスへ来ています。

横浜と比べても都会だなー、歩いている人やチェーンコーヒー店のお値段が違う。

 

何年かぶりにガーデンプレイスをうろうろしていたら、ちょっとした段差に蹴つまずいてしまいました。臨時に電源ケーブルを床に這わせるためのごく低いカバーに引っかかってしまった次第。

ろくに足も上がらないタラタラ歩きだからでしょうが、気づいたことがありました。

 

この社会はどれくらいバリアフリーになったんだろうか。

 

40年近く前、「車輪の一歩」という山田太一さん脚本のドラマ(男たちの旅路シリーズ)を観たことがありました。駅に行くにも、自宅アパートに入るにも、あちこちに階段というハードルがあった時代です。

 

当時、高校生だった私はすごく感動してこのドラマを観ました。そして普段使っている駅や施設が階段ありきであり、それが車椅子利用者にとても高いハードルになっていることに気づきました。

 

少しあとくらいに、鶴瓶さんが出ていたぬかるみの世界でも車椅子目線での街中の暮らしにくさを語っていたように記憶しています。

 

あれから40年弱、駅や施設でエスカレータやエレベータ、段差を埋めるスロープが充実して来ました。しかし数に限りがあったり、場所の状況によっては設置も難しいところがあったりします。御茶ノ水駅はその解消に向けて神田川でずっと工事をしています。

 

少しずつでもよい方向に向かっている。そんな感じがします。

 

次は、何がバリアになっているのでしょうか。

それは普通の人たちのバリアフリーユニバーサルデザインへの理解であったり、様々な人と共存していることという意識なのかなと思いました。

 

40年近く前に比べれば、普通の人の暮らしは楽になりました。社会の余裕、人の暮らしの余裕がバリアフリーユニバーサルデザインなどハードへの投資を可能にしました。次は、心の豊かさを持てる社会であること、そのために自分でできることは何か。

衣食足りて礼節を知るじゃないですが、ようやく周りへの理解や配慮ができるようになって来たように思います。

 

なんだかまとまりませんが、この辺で。

 

 

 

 

 

資格試験で官報に載りました。その2

技術士二次試験に合格しました。電気電子部門・情報通信です。
二次試験は3回目での合格となりました。


3/1の合格発表は日本技術士会のWebサイトで確認しました。5:50には発表とのことで、目覚ましをかけて寝ましたが、目覚まし無用でした。
もぞもぞと寝床でスマホからWebサイトで合格者の受験番号に自分の番号があることを確認し、速攻で上司に報告メールを出し、ついでに官報を買って出社するので出社が遅れると申し添えました。
神田にある官報販売所で予約していた官報を受け取り、自分の名前があることを確認して、ニヤニヤしてしまいました。
二部買ったので一部は実家に速達で送りました。


二次試験合格だけでは技術士を名乗れないので、準備してあった申請書類に登録免許税の収入印紙を貼り、翌日に届いた合格証に記載されている合格番号を書き写し、渋谷にある日本技術士会試験センタに持ち込んで受理いただきました。

 

3月3日に受理され、3月7日付で技術士登録証を発行いただきました。届いた技術士登録証は国立印刷局で印刷されたB4サイズの立派なもの。会社宛に郵送してもらったので、帰宅時にヨドバシカメラで額縁を買って帰り、さっそく額縁に入れて飾りました。

 

受験勉強のコツというか気づいたことを記します。

・択一問題(6割以上とらないと論述が採点されない)は、過去問を出題系統別に分けてひたすら解く。5回やれば十分。

・論述問題は、公表されている過去問を解く。出題者が期待するキーワードを盛り込むことを忘れずに、問われていることに素直に答える。

・試験対策講座などで出されている論述問題の合格答案例は、唯一の正解ではない。自分の言葉や論理展開で答えられるように過去問をやりこなす。

・(電気電子部門の情報通信の場合)OHMや情報処理学会、電子情報通信学会など、受験分野に関する最新キーワードを調べて、出題されても答えられるようにしておく。

・可能であれば試験対策講座を受講し、論述問題の添削を受ける。

 

一次試験に2年。二次試験に3年かかりましたが、やっと私にも春がやってきました。

 

諦めなければできる。

 

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諦めずに前を向く。でもたまにはうつむいてやり過ごす。

2017年になりました。

 

1.まずは振り返り

20年前・・現職に転職。ハードワークに打ちひしがれそうになる。しかし年収はほぼ倍になった。毎日が決戦の気分。勉強しつつ仕事をしてなんとか追いついて、でもすぐに新しい課題がやってきて悪戦苦闘。

 

15年前・・グロービスに通い始める。一通り科目を履修したが、クリシンが今でも役に立っている。仕事で終われ、グロービスの課題に追われバタバタ。中国の砂漠の植林にも出かけた。

 

10年前・・出向先の会社で奮闘、後半は原籍会社へ戻る。カウンセリングも修行中。夏に筑波の教育研究科を受験し合格。カウンセリングつながりのネットワークが拡大。15年前のビジネススクールつながりのネットワークとは人種が違った。

 

5年前・・新しい目標、技術士を見つけ受験を開始。全くわからないというか何がわからないかもわからないくらい。しかしなんとかなるだろうと暑い夏・寒い冬・雨の日・晴れの日すべてを受験にささげる。この頃から介護問題が本格化して、盆暮れの帰省が恒例化。

 

2.今いる場所

原籍会社で仕事中。先行きはわからない。次はあるのだろうか。年齢を考えるならあと11年はお勤め生活は続く。年金通知によれば大変お寒い年金なので、個人で積み増しもしておかないとかなり厳しそう。どうするか。

技術士試験は3月に結果が出るが、その結果がよくも悪くも、受験は一区切り。しばらく離れていたカウンセリングに戻るか。

 

3.これからどこへ

何を頼りにしてご飯を食べていくのか、そろそろ考えないとキリギリスのようになって冗談抜きで貧困に苦しむ未来がやってくる。できることは、今持っているものを最大限活かして、どこで何ができるかを考え、見つけ、実現に向けて行動すること。辛抱は続く。人生は根比べのようだ。できること、できるかもしれないことには、前を向いて取り組む。できないこと、やりたくないことはやり過ごす。残り時間は少ない。限られた時間、お金をどう使うか。

 

初日の出に向かって、今年もいつも通りやってきたと感じた。

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今週のお題「2017年にやりたいこと」

 

私にとってのSNS

普段の生活に欠かせなくなってきたSNS
ブログはまた別なんだろうか。よくわかりませんが、これまで使ってきたSNSについて書いてみます。

Ameba:登録したがほとんど放置
Facebook:しばらく使ったが粘着質ユーザに辟易して中止。昔は日々の生活記録。
Google+:イングレス用はたまに。本名はほぼ放置
GREE:すっかり忘れてました。昔は日々の生活記録。
Instagram:多分なにもせず
LINE:たまに利用。お返事は期待せず
LinkedIn:登録したが放置
mixi:たまに眺める。古くからの知り合いの消息を知るため。昔は日々の生活記録。
Skype:すっかりご無沙汰
Twitter:一番使っている。日々の記録。たまに世間への意見
Vine:まれに気になった動画をアップ
WeChat:インストールされたが使わないので削除。ちょっと不安もある

遠い知り合いの消息を知るためのmixi。今を知る手段としてTwitter。通勤電車の様子を知ったりというのが意外に便利。

生き残ったのはこの二つでした。

皆さんはどうなんでしょうね。


それとは別ですが日記アプリをここしばらく愛用しています。一覧性や検索はできなさそうなのが不満(もしかしたらできるかもですが、やり方がわかりません)。

自分にとっては、自分の生活記録のためと、世間への自分の意見を表示がSNSに期待している役割みたいです。




石隈先生ご退官

茗荷谷のカウンセリングコースでお世話になった石隈先生、筑波の副学長が今月末でご退官となった。期を超えて、またコース以外からもたくさん最終講義とその後のお祝い会に集まった。

学校心理学を打ちたてた先生の凄さは、産業分野にいる専門外の自分にはよくわからない。
グループプロセスの授業で、グループや場を作ること、意外に人間は身体を動かすことで心も動くことを知った。

まだ夢なかばとのお言葉。

自分も自分の持ち場で頑張らなくちゃと思った。
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