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pesanteurの日記

simone weil に私淑し数十年。暗い夜は乗り越える他に、寝過ごすという手もあることに気づきました。

怒るのをやめて高みに立とう。

うまくいかないことや思い通りにならないこと、自分が思う通りに人が動かないことに怒っても仕方ありません。

怒るのは、自分の思う通りにならずに思っていた結果にならないから。

その原因は、自分がうまくできないから、もしくは自分以外の人が思い通りに動かないから。

自分がうまくできないなら、うまくできるまで努力すればいい。できないと決断したら別の方法を考えればいい。
自分以外の人が思い通りに動かないなら、それはそれが当たり前だと思えばいい。自分以外の人は自分じゃないから、自分の思い通りに動くことを期待するのは、期待し過ぎ。

怒る前になぜうまく行かなかったかをよく考えましょう。原因は他にではなく自分自身の中に必ずあります。
他のせいと思っているうちは、いつまでたっても怒りの素は、次々と湧き上がってきて、あなたの心を苛むことでしょう。

自省しましょう。何を変えればいいのだろうかと。変えられるのは、自分の見方や考え方、そしてこれから先のあなたの行動だけです。



オリンピックイヤーは229デイ!

今日は2月12日。連休の谷間に久しぶりにお休みを頂きました。

 

朝寝を悦しみ、朝酒でもと思いましたが、そこはこらえて今に至る。

今週は(も?)、ニュース盛りだくさんでした。北朝鮮のロケット発射&人工衛星、台湾の震災、株価ダダ下がり。大統領選。

シリア内戦での難民問題が影に隠れてしまいました。

 

国会議員醜聞とかがニュースの上位に来るんだから平和な国だと思います。ありがたいことです。

 

明日は暖かくなるそうで、今日は少しだけ外出して、またお布団でぬくぬくしよう。

 

暴君ハバネロの229を発見しました。サブタイトルには「4年に1度のニンニク祭じゃ!」と。

4年前もニンニク祭があったんだろうか???

 

お味のほうは、想定外の辛さやニンニク臭はなく、これだったらカップ焼きそばのニンニクマックスのほうがインパクト大でした。

 

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いつ恋。心にしみる、その理由。

月曜9時の「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」を3回めから観ています。

新聞かWebかどちらか忘れましたが、このドラマはいいという評論を読み、2回めはWebのサービスで動画を観て、3回めから録画して観ています。

 

タイトルから解釈するなら、今ドラマで描かれていることはすべて過去で、きっと振り返って。。。という話になるんでしょうね。そういえば、前回は、しばらくしたらスカイツリーができるみたいなことも言っていたし。

 

いつ恋が自分の心にしみる理由。ついつい録画して観てしまう理由。少し考えてみました。

 

一つは、20代前半の経済的な貧しさにつぶれそうになっていた自分を思い出して、そうだったよなぁと共感したから。

二つは、このドラマに描かれているような華々しい出来事にはまったく無縁の生活を過ごしていて、もう少しあの頃の自分に力や勇気があればと思ったから(力や勇気があれば、変わったとは言い切れないですが)。

三つは、今の20代に頑張りなよと言いたいから。

 

自分自身を振り返ると、情けない20代を過ごし、30代はうろうろして、40過ぎてやっと自分を認めて、なんとか50代にたどり着いた、そんな感じがします。

 

諦めなければ、願い続ければ、願ったなりになんとかなる。

 

こうやってキーボードに向かってパチパチ文字を打っている今の自分が、あの頃は考えもしなかった未来の自分がやっとたどり着いたところであり、きっと過去の自分からみたらショボい小市民的生活なのでしょうが、今ここが自分がかちえた居場所なんだと思います。

 

今を必死になって生きようとしている人には、ブログを眺めている余裕はないでしょうし、自分自身のことで精一杯で、何も耳に入らないし、たまたま周りから聞こえてきた何かにすがるのかもしれない。

 

諦めずにしがみつく、言い方はカッコ悪いですが、さよならだけが人生さと言い切るのではなく、地団駄を踏んで足掻き続けることが、いつか、何らかの形で自分の夢をかたちにするための唯一の手段だと思います。

 

いつ恋は、ただのドラマですが、ここで描かれているような今を生きる若い人には、簡単に諦めたり、絶望したりしないで、とことん頑張ってほしいと思います。

 

。。。

 

門。夏目漱石など。

なぜ本を読むのか。

 

同意を得たいとき、何か疑問を解消したいとき、あとは。。。

 

よくわからない。

 

でも読む。最近は、お風呂本はあまりなく(お風呂の窓際に積んでいた本はあらかたかびてしまったため)、電車の行き帰りでキンドル本をチラチラ読み。

 

そこで登場するのが夏目漱石キンドルのアカウントはアメリカアマゾンに紐付いているため、日本語で読める範囲は狭い。それに夏目漱石は読んでいて飽きない。

古井由吉がアメリカアマゾンでキンドル本になるのはあまり期待できないから次善の策という言い方もある。栖が読めたらと思うが、だったら本棚から本を取り出して読む。

 

門は、主人公の内面世界に共感できるところが多く、好き。間違いなく主人公よりはおっさんになってしまった自分ではあるが、普段へのやるせなさや、世間への関心のなさ、いざというときの小市民的逃走が、そうだよなと思ってしまう。

 

自分の背中は自分で押すしかない。

 

その力を与えてくれるような気がする。

 

 

大リストラを乗り切ったらしい主人公の最後に心ひそかに拍手を送るのは、自分自身がそういう目にあいたくないから。

 

夏目漱石が好きなのは、内省的態度が自分にとって好ましく映るから。

INFPだし。

 

なんだかとりとめがなくなってきているうちに20時になりそうなので、真田丸観るか。

 

 

MacBook Air(mid2011)でクラムシェルモード。今さらながら始めました。

大晦日にキーボードにウィスキーを飲ませてしまい、キーボードの1/5くらいが、入力できないもしくはよけいな文字が入るといった困ったことになっておりました。

年明けにキーボード修理でもと情報収集すると、キーボード交換だけなのか、ロジックボード交換まで行くのか、切り分けもできず。。。

 

仕方ないので外付けキーボードをつけてMacBook Airの画面を眺めていたのですが、そういえばと「クラムシェルモード」があることを思い出し、やってみました。

 

キーボードはデスクトップ型Windowsの余り物を流用。@は、シフト+2だったり、()の位置が違ったり、微妙な問題はありますがこの際は問題なし。

美しいアルミ輝く純正のキーボードもあったのですが、1年ぶりくらいに箱から出したら電池が盛大に液漏れしていて使えませんでした。。

※使わない時は電池は抜きましょう

 

マウスもデスクトップ型Windowsでの余り物を流用。別にボタンが二つあろうが関係ない。

 

では外のモニターにどうやってつなぐか。

MacBook Airをおいてある部屋にはBDレコーダに繋いである23インチのHDMIモニターがあるので、それを使おう。BDレコーダとは切り替えスイッチで対応する。WindowsノートPCにつなぐときに使っていたバッファロー製の切り替えスイッチが久しぶりに登場。

 

問題は、MacBook Airとモニターというか切り替えスイッチとをつなぐケーブルはどうするか。

少し調べてみたらMacLab製で、ThunderboltからHDMIへ変換してくれるケーブルがある。1000円未満で相性保証付きだから行ってみました(於アマゾン)。

 

ケーブルが届いたので早速各種接続。普通にMacBook Airの電源を入れてログインしたら、後はHDMIモニターに画面も音も出てきました。あっけない。

 

 

しばらくはこれで対処。ガチでノートPC使うときはWindowsノートで。

 

GW明けくらいにはApple認定の修理センタへ持って行きます(予定)。

4万少々かかるそうですが、キーボード以外も見てくれるので、今ひとつ安定しない電源の接続ポートもなんとかしてもらおう。

 

下はThunderboltからHDMIへの変換ケーブルのパッケージ。綺麗な写真じゃなくすみません。

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あけましておめでとうございます


2016年を迎えました。

帰省先の初日の出、また一年が始まります。
よろしくお願いいたします。f:id:pesanteur:20160101092526j:image

少し早い2015年振り返り

書き出すとたくさんありますが、エイと一月2つだけにまとめました。見てみると例年通りという感じで、一個人としては淡々と時は過ぎていきます。

今年記憶に残ったのは、2020のエンブレムに新国立競技場。安保法案。テロの問題、難民、貧困。あとはピケティさん。

日本だけでなく世の中全般が悪い方向に向かっているのでしょうか。貧富の格差が拡大し、異をとなえる抵抗としてのテロ、難民が増え、テロへの報復として爆撃をして。終わりがない報復合戦には勝者はないし正義もないでしょう。

強い者が生き残り、ルールを作って富をかき集める。相変わらずのわかりやすい構図が見えるように思います。
過去の歴史では、そこに異をとなえて戦争が起こり、民族紛争が起こりして、たくさんの人命が失われました。
ということは、普通に歴史を学んだ人は知っているでしょうが、いまの世情を見ると再び繰り返そうとしているように見えます。

持てる人、持たざる人、この二つがある限り、争いは絶えないのではないでしょうか。
ギリシャ財政破綻時にみせたドイツの態度は意外なものでした。ドイツは第一次大戦後の自国の地獄をわすれたのでしょうか。

以下は個人的一年の振り返りです。皆さま、よいお年をお迎えください。


12月 
ウィスキー飲みつつ振り返り いまここ
MacBook Airにウィスキーを一気飲みさせ死去
11月 
イングレスで東村山へ
10月 
あさだけじゃなく、マーティ&ドクがやってきた
イングレスで横須賀へ
9月 
鬼怒川堤防決壊、ヘーベルハウス強し
数学I、II、A、Bをやり直し
8月 
こうのとり5号打ち上げ
介護帰省中に台風襲来
7月 
安保法案可決
技術士二次試験(だめだった)
6月 
紫陽花眺めに鎌倉へ
5月 
三原順復活祭へ
4月 
MDレコーダ修理
愛川欽也氏死去
3月 
桜を眺めに千鳥ヶ淵
マッサン良かった
2月 
ナッツ・リターン
Facebook利用中止
1月 
シャルリ・エブド襲撃
腕時計オーバーホール