pesanteurの日記

simone weil に私淑し数十年。暗い夜は乗り越える他に、寝過ごすという手もあることに気づきました。

母親と何を話すか。

帰浜します。
 
カレンダ&上司の心のひろさに恵まれ、12/27-1/4まで介護帰省で宮崎で過ごすことができました。
 
たまたまか、いつもより遅い時間に臨時便があったのも幸いしました。羽田着は22時過ぎとなりますが、その分ゆっくりと最終日を過ごせました。
 
母親とはいつもと変わらぬ話をして、酒タバコを控えるよう言われ、ついでに真面目に勤め上げて会社をクビにならぬようにと言われました。
 
途中、感染性胃腸炎?と思いましたが、ただの食べ過ぎでした(苦笑)。
 
 
私は、ここで育ったわけではないので知り合いもおらず、母親との会話(言語内外ともに)に集中できました。
 
あらためて、母親のことは知らないことばかりだと思いました。
 
子として母親に接しているわけですが、この位置で聞けることや、母親から話をしてくることの中身には限りがあります。私は子として話をして、母親は親として話をするからでしょう。
 
 
いつも思うことですが、あと何回母親の顔を拝めるのでしょうか。
 
 
父親は私が学校に通っていた頃に亡くなったため、一緒に勤め人として酒飲みたかったとか、聞きたかったことがたくさんあったりで、不全感が残っています。100%という人はきっといないでしょうが、その不全感もあり、もっと話を聞かないとという感覚があります。
 
 
手紙や電話じゃ伝わらないんですよね、これが。
 
 
電話を切った後でプープー鳴る受話器の音に、そういえばとかとか思い返すことが多いです。
 
 
んんーーーー。
 
 
文章ぐしゃぐしゃ意味不明ですが、まとまらぬためこの辺で。
今週のお題「私の年末年始」