pesanteurの日記

simone weil に私淑し数十年。暗い夜は乗り越える他に、寝過ごすという手もあることに気づきました。

浦島太郎さん(別解釈の試み)

昔々、丹後の国に太郎さんという若者がいました。
太郎さんは小さな漁村で魚を採って生計を立てていました。
日々の生活は実に苦しく、生活保護を何度も申請しました。
しかしその都度、「もっと働け」と、お上に追い返されるだけでした。
ある日いつものように漁に出ていたら、嵐に巻き込まれてしまいました。
太郎さんは海に落ちたり舟がひっくり返ったりしないようにと、必死で舟にしがみつきました。
そのうちに、疲れてしまっていつの間にか気絶してしまいました。

 ◆

太郎さんが目を覚ますと、知らない家の寝床にいることに気づきました。
 -ここはどこだろう。
しばらくあたりを見回していると、見知らぬ女性が入ってきました。
「◯△×◯」
何を言っているのかわかりません。
しばらくわからぬまま言葉のやり取りをしていたら、今度は老人が入ってきました。
「若者よ」
 -おぉ、ニホンゴだ。
「しばらく休んでいるがよい。そなたは海辺に打ち上げられていたのだ」
「きっと先日の嵐で舟が難破したのであろう。大変なことであった」
「身体が快復するまで、好きに暮らすがよい。このおなごがそなたの面倒をみるであろう」

 ◆

美味しいものを食べ、ぷらぷらしているうちに、3年の月日が過ぎていました。
太郎さんの世話を焼いてくれていた女性に異国語を学ぶうちに、子どもが二人産まれていました。
なにしろやることがないのです。漁に出るでもなく、畑をたがやすでもなく。
昼は異国語を覚え、夜は寝るだけ。
そんな生活を送ってきたため、三人目の子どもまで産まれる予定となりました。

 ◆

ある夜、太郎さんがいつものように焼肉を食べていたら、激しく魚を食べたいと感じました。
もう何年も焼肉とご飯、そしてお漬物しか食べてないのです。
決して少ない量ではないし、とても美味しい。なにしろ太郎さんは、ここに来るまでは肉を食べたことがなかったのです。
でも3食焼肉というのは、いかがなものか。ドロドロ血液は健康に悪かろう。納豆とか喰いたいー。
太郎さんは、海辺につないであった小舟で乗り出し、魚釣りをすることにしました。

 ◆

少し沖に出たら、お約束のように嵐に巻き込まれてしまいました。
 -またー?
 -3食昼寝つきの生活は終わってしまうのか?
 -子どもたちや家人とはもう会えないのか。
そしてまた太郎さんは気絶してしまいました。少しだけ長い時間気絶していました。

 ◆

「太郎ちゃん朝だよー。学校に遅れるよー」
母親の大声を遮るように、太郎さんは布団をかぶりました。
 -もうー、眠いのになぁ。
時は4月、高校入試を来年に控え、太郎さんは毎晩遅くまで机に向かってネトゲに明け暮れる日々を送っていました。
さて、学校に行くか!と、太郎さんは家を出て学校に向かいました。

 ◆

「ちょっとあなた、この地図をご覧なさい」
海辺に出たところで、見知らぬおばさんが上から目線で太郎さんに話しかけてきました。
 -学校に遅刻しちゃうよー。まったく。。
仕方なく地図を覗きこんだとたん、太郎さんは顔に袋をかぶせられてしまいました。
そしていつものように気絶してしまいました。

 ◆

太郎さんが目を覚ますと、知らない家の寝床にいることに気づきました。
 -ここはどこだろう。
しばらくあたりを見回していると、見知らぬ女性が入ってきました。
「コノ ニホンジンメ イツマデ ネテイルノカ」
知らない言葉なのに、なぜか意味がわかるのです。どうしたことでしょう。
太郎さんはなぜニホンジンと呼ばれるのかと不思議に思いつつ黙っていたら、今度は老人が入ってきました。
「若者よ」
 -おぉ、ニホンゴだ。
「そなたはこの度、我が殿にお使えする光栄に浴することとなった」
「我が殿は、大のドラクエファンである」
「そなたは殿が降臨される日に備え、ドラクエの腕を磨くのだ」

 ◆

太郎さんがドラクエの腕を磨こうとあくせくしているうちに、3年の月日が経っていました。
肝心のドラクエの腕は磨こうにも磨けませんでした。
どうしてかと言うと、最初の1年はソフトだけ与えられたので、やりようがなかったのです。
次の1年でやっとハードが与えられましたが、そのハードはWiiでした。
そして今年、やっとファミコンが与えられましたが、TVがないのでなにもできませんでした。

 ◆

それに毎日のご飯があまりに粗末なので、いい加減イヤになっていました。
何かの粉を練って焼いたもの。それと具なし塩スープがほとんど。
年に1、2回は魚が出てきましたが、嫌な匂いがする骨ばかりのやせっぽち魚ばかりでした。みかんとか喰いたいー。
いつもガミガミうるさいお母さんのご飯のほうが1万倍美味しかったと、太郎さんは思い返しました。
あぁ、もうイヤだ。肉喰いたい。ダメならTVで美味しいものを見るだけでもいい。

 ◆

 -やっぱりTVがほしい。
太郎さんはそう思って、街中へ出て行きました。
 -どこに行ったらTVがあるんだろう。
街中をウロウロさまよっているうちに、暗いトンネルに入りました。
入り口にはしっかり鍵がかけてあったので、きっとここならTVがあるに違いないと思ったからです。

 ◆

暗いトンネルはいつまでも続きました。歩いても歩いても出口にでないのです。
太郎さんは、歩きすぎて疲れてしまいました。それにもう長いこと飲み食いしていないのです。
もうダメと思って、トンネルの曲がり角を回ると、少し先に明るい光が見えました。
 -やったー、出口だ!
太郎さんが光に向かって走っているうちに、お腹が空き過ぎて力が抜けて倒れてしまいました。やっぱり気絶してしまいました。

 ◆

太郎さんが目を覚ますと、病院のようなベッドにいることに気づきました。
 -ここはどこだろう。
しばらくあたりを見回していると、看護師さんが入ってきました。
「ワタシガ アナタヲ ヒキツイデ 33ネン。ヤット オメザメニ ナッタノデスネ」
知らない言葉なのに、なぜか意味がわかるのです。どうしたことでしょう。
それに33年って何よと不思議に思いつつ黙っていたら、今度は医師らしい人が入ってきました。
「ご老人よ」
 -おぉ、ニホンゴだ。
「あなたが当院に入院されてから333年経ちました」
「あなたの出身地と推定される日本やその周辺国は人が住めなくなりました」
「検査の結果、あなたの子孫がこの月にもいることがわかりましたので、お迎えに来てもらっています」
「ここですか?ここは月植民地のアジア人地区です」
 -j j j j
あまりの驚きに、太郎さんの心臓が止まってしまいました。

 ◆

「何死んだふりしてるのよぉ!」
あまりの痛さに、太郎さんは目覚めました。
目を開けるとオニのような形相のおばさんが、手にしたケータイで太郎さんをボコボコに殴りつけているのです。
 -痛い、痛い!肋骨と頬骨が折れたじゃないか。
「あんたのことを記事にしたいという人がたくさん来てるんだからね。早く起きなさいよー」
「あんたのせいで生活保護止められたらマジ切れるよー」

 ◆

太郎さんは、今度こそ安らかに死にました。